今年度のきのねっちを掲載。行事予定の所は忍者の巻物風にレイアウト。
https://ama7.fujiv.com/neckerchief/177a.html

連日、被災地の様子が送られてきます。今後、阪神淡路大震災を体験した私たちがスカウトと一緒に何が出来るか考えていかないといけません。阪神淡路大震災はボランティア元年と言われるように、助け合う人々が試行錯誤をしながらの活動でした。個人から送られてきた援助物資を仕分けするために、大きな体育館を埋め尽くす物資に場所と大量の人員がさかれました。現在は企業から仕分けの必要のない物資が届いているようで、スムーズに必要な人に必要なものが届くことを願ってやみません。唯一残っていた当時の仕分け作業の写真です。

この状況下での活動はいろんな思いが交差しますが、みんなで集い、みんなで思い、みんなで考えて活動していければいいかと思います。スカウトたちもいろんな技を体験し、身につけ自分だけのためのみならず、他の人にまで手を差し伸べられる人になってほしいものです。
https://ama7.fujiv.com/album/2011-03-13/album1.html

2011年03月13日(日)小田地区会館
2日前の東北関東震災の報道が刻一刻と変化していく中、小田地区会館で素材料理の調理体験です。事前に出された課題は、各組のオリジナル餃子を素材から作り上げ、みんなで楽しく食べるというもの。集合、セレモニーのあと、各組に分かれ、みんなエプロン姿に変身。必要な粉の量を計算したり、買い物リストの点検です。ちょっぴり不安の残る計算で、リーダーの所へ素材の薄力粉、強力粉、塩などをもらいに行きます。水を加えて力一杯こねていきますが、これがなかなか力がいるようで、うさぎスカウトは生地に遊ばれているみたいです。そうこうしているうちに近所のスーパーが開店したので、みんなで買い出しです。1500円の予算でどうにか買い物を済ませ、今度は中身のあん作りです。これがまた、各組それぞれオリジナリティーがあり、出来上がりがわくわくする中身ばかりです。1組はパイナップル+小豆+シロップとキムチの2種、2組はシーフードと豚キムチの2種、3組はとろけるチーズのカレー風味と多様なメニューです。粉をちぎっては麺棒で薄く伸ばして皮を作る人、あんを入れて包む人、お湯でゆで上げる人、それぞれが役割分担の上、手際よく作業をこなしていきます。12時になる頃にはほとんどの組が完成しています。リーダーの作るラーメンもいいにおいで、それぞれのスカウトに配られて各組で大きな声で歌を歌っていただきます。
それぞれの味はとてもエキサイティングでどの組の餃子もすばらしかったのですが、各組員への役割分担の徹底と準備、完成ともに第一位だった2組が優秀組となりました。片付けの後は室内でゲームをして、今日は2時に解散し、大きな事態になっている東北、関東地方の方々を心配しながら家路につきました。(ひらパー)

阪神淡路大震災の時と同じように情報が分かるに従って、被害の大きさが伝わってきます。被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。私たちに何が出来るか、当時の資料を探してみましたが、この時期はスカウト活動も休止となり、資料もほとんど残っていません。一部スカウトやリーダーによる義援金募金活動や被災者への炊き出しのお手伝い、送られてくる援助物資の仕分け作業などのボランティア活動が中心となりました。あの当時はどのような活動をしたか、記念誌から当時の事を記載した文章を転記いたします。
1月17日、午前5時46分、突然ぐらぐらと家が揺れ、マグニチュード7.2の兵庫県南部地震が阪神地方を襲いました。家族、親戚の無事を確認した後、各リーダーに状況確認の電話連絡をしようとするが、電話がつながりにくく、7団関係者には大きな被害はないことを確認し、今、自分たちは何をしなければならないのか、自分たちに出来ることは何か、リーダー間で連絡を取りながらテレビの情報を見つめていました。当面は行事を中止し、「私たちでできることをやろう」を合い言葉に、阪神大震災の奉仕活動に専念することを確認した後、小田支所を通じて救援物資仕分け作業や配達作業、避難場所への弁当配達作業、震災募金活動、ブタ汁の炊き出し、神戸の被災地での奉仕作業など忘れられない奉仕活動でした。